2009年9月16日水曜日

リーマンの悪夢(産経新聞)

【リーマンの悪夢】(1)プロも自殺 悲劇、瞬く間に地球半周 (1/3ページ)2009.9.14 14:19
このニュースのトピックス:金融危機
 



香港で勤務した病院を退職したユ・リアチュンさん(66)は2008年9月に取引先銀行から1本の電話を受けるまで、リーマン・ブラザーズ・ホールディングスという会社名は聞いたことがなかった。
 



6月のインタビューで、ユさんは当時をこう振り返った。「『ニュースを聞きましたか。リーマンに何か起きている』といわれたのですが、何を言っているのか理解できませんでした」
 自らの資金は預金口座にあると認識していたユさんは、それが破綻した米証券会社に貸し出されていたとは知らなかったのだ。彼女は結局、120万香港ドル(約1400万円)を失ったことを知った。同じ投資を自ら勧めた子供たちも、380万香港ドルを失ってしまった。
 ユさんは香港金融街の喫茶店で、目をティッシュでそっとぬぐいながら、「わたしのような者にこうしたことが理解できるはずがない。時々、ビルから飛び降りたくなる」と語った。
 

米史上最悪の企業破綻が引き起こした高波は、地球を半周してユさん一家を襲った。負債6130億ドル(約55兆円)を抱えて08年9月15日に倒れたリーマンは、想定外かつ広範囲に及ぶ影響をもたらし、同社と運命共同体になっていたとは気付いていなかった人々に大打撃を与えた。
 



ロンドンでは、プライベートエクイティ(PE、未公開株)投資会社のCOO(最高執行責任者)が通勤電車に飛び込んだ。検視官の報告書によると、同社の資金をリーマンの口座に置いていたとして、自身を責めていたという。キューバに近いタークス・カイコス諸島の一島では、ホテル建設事業に従事していたイスラエル人のマネジャーが中国人労働者に人質に取られた。予定していたリーマンからの借り入れが実現せず、給与が支払われなかったからだ。そして、香港では、リーマンの金融商品に投資していたユさんを含む数千人もの人々が、雨のなかを「金を返せ」と大合唱する事態となった。



金融システムに組み込まれた米国の証券会社1社が債務を返済できないという認識は、ニューヨークから全世界へと瞬く間に広がった。国際通貨基金(IMF)でチーフエコノミストを務めたサイモン・ジョンソン氏が、作家カート・ボネガットの1963年の「猫のゆりかご」になぞらえた最悪のシナリオだった。同小説では、架空の物質「アイス・ナイン」が地球上のすべての水を固体に変えてしまう。
 



リーマンの破綻劇が過去の金融危機と異なるのは、パニックの広がる速さだったと、ニューヨーク大学スターン校のリチャード・シラ教授は指摘。「通信手段の存在が、広がりを早めた」と語る。シラ教授は、1931年のオーストリアでの銀行破綻が、英国の金融システムに影響するのに半年を要したのに対して、「今回はすべてのニュースが瞬く間に広がった」と指摘した。
 



リーマンの破綻を受けた世界の信用市場の凍結により、銀行や金融機関がさらに破産するのではないかという恐怖に包まれた投資家は、資金の引き揚げを焦った。
 2007年に116億ドルを稼いだゴールドマン・サックスも無傷ではいられなかった。ゴールドマン・サックスの5年間の負債1000万ドルに対する平均保証額は、18万2557ドルから、リーマン破綻の3日後には過去最高水準の54万5000ドルに達した。
 



米議会は7000億ドルの公的資金を活用する金融安定化法案を通過させた。さらに、米連邦預金保険公社(FDIC)は債務の保証を行い、FRB(米連邦準備制度理事会)は資産買い取りを通じて金融機関を支援した。
 これらの措置は金融業界でのパニック拡大は防いだが、ユさんのようにリーマンが絡んだ金融商品ミニボンドを購入した香港やシンガポール、台湾などの投資家は救われなかった。ミニボンドは企業の信用を裏付けに個人向けに組成された証券で、5000ドル単位から販売された。





組み込まれた企業が債務返済できないと、投資家が元本を失う仕組みだった。
 ノーベル経済学賞を受賞した経済学者で、米コロンビア大学のジョゼフ・スティグリッツ教授は、ユさんのような人にはどうしようもなかったと語る。スティグリッツ教授は、「証券化商品がより複雑になるにつれて、普通の人々にとって、ますます不利になった。商品が複雑になったことによって、金融機関がつけ込める情報の非対称性への新たな道が開かれた」と指摘する。
 


07年にリーマンが最も成長をみせたのはアジア地域だった。31億ドル以上の売り上げを挙げて、収入の16%を占めた。05年から比較すると、41%の増加。一方、米国市場での同期間の売り上げの伸びはわずか3%だった。
 しかし、犠牲になったのは香港で退職した人々だけではなかった。プロの投資家もやられた。(ブルームバーグ Mark Pittman、Bob Ivry)







【リーマンの悪夢 破綻から1年】(2)不動産市場 消えた資金源
2009/9/15

■開発中断、顧客資産凍結の連鎖  





米証券大手リーマン・ブラザーズが2008年9月15日に破綻(はたん)したことを受けて、リーマンがロンドンに拠点を置いていたプライムブローカー事業の顧客は、資金借り入れの担保として差し出していた株式や債券など、推定650億ドル(約5兆8700億円)相当の資産を凍結されてしまった。  





約3500の顧客には700のヘッジファンドが含まれていた。この資産については、いまだにリーマンの英管財人プライスウォーターハウスクーパース(PwC)が作業を進めている。PwCのトニー・ロマス氏が8月に語ったところでは、一部の資産返却には最長10年かかる恐れがあるという。  





◆投資のプロも自殺  

この影響が、リーマンの顧客だった英プライベートエクイティ(PE、未公開株)投資会社オリバントのカーク・スティーブンソン最高執行責任者(COO)に及ぶのに、10日しかかからなかった。08年9月25日、当時47歳だった同氏はロンドンの西45キロのタプローの駅で電車に飛び込んだ。検視官は自殺と断定。検視の段階で同氏の妻は、リーマン破綻から1週間後に自殺をほのめかしていた様子を語っている。  





オリバントが08年10月1日に公表した資料によると、凍結された資産はスイスの銀行UBSの株式2.78%。当時、16億スイスフラン(約1390億円)の価値があったという。  また、リーマンの破綻で建設プロジェクトが止まった例は、米国のマンハッタンからカリブ海のタークス・カイコス諸島にまで及んだ。





リーマンが売却困難な不動産投資を裏付けにしてローンを得ていたために、市況が悪化して債権者がさらなる担保や資金返済を求めると、同社は身動きが取れなくなったのだった。  不動産ポートフォリオは、救済が可能だとみられていたリーマンの破綻を決定づけた。  08年9月13日、ガイトナー・ニューヨーク連銀総裁(当時)は、リーマンの英銀バークレイズへの身売りを後押しするために、世界屈指のバンカーを集めて、リーマンが保有する不動産の評価を行った。





当時の会合に出席した関係者によれば、評価チームは、リーマンの不動産投資について、200億~300億ドルの過大評価がなされていると断定したという。  バークレイズが買収交渉から撤退したことで、リーマンは破綻を余儀なくされた。  そして、リーマンの破綻によって、世界各国の不動産市場から、主要な融資の供給源が奪われることとなった。リーマンの元幹部によれば、同社は、誰も手を出さない取引に手を出すことで知られていたという。  





◆規制一段と困難  

ニクソン米大統領の辞任につながった政治スキャンダル「ウォーターゲート事件」で有名になったウォーターゲート・ホテルは、オーナーのモニュメント・リアリティーがデフォルト(債務不履行)に陥ったため、競売にかけられ、2500万ドルで売却された。モニュメント・リアリティーに融資していたのが、リーマンだった。





米金融大手ゴールドマン・サックスの本社近くにある分譲マンションも開発が中止された。ここもリーマンからの融資を受けていた。  カイコス諸島の一部、キューバの北東に位置するウエスト・カイコスでは、リッツ・カールトンのホテル建設計画が中断したままだ。


ホテル開発会社のマネジング・ディレクター、ジョナサン・シーゲル氏は、マネジャー十数人を人質に取った中国人労働者には1週間後に「身代金」を支払って、事態を収拾したと述べた。  ドイツでは、商業用不動産金融大手ヒポ・レアルエステートが、リーマン破綻の影響で短期の資金調達が困難となり、公的救済を受け入れた。  シュタインブリュック独財務相は公的救済の理由を、世界の金融システムが「奈落の底に落ちる直前だったため」と説明している。


 個人投資家からヘッジファンド会社に至るまで、リーマンの破綻によって浮き彫りにされた世界の金融システムの脆弱(ぜいじゃく)性は、規制を一段と難しくしている。  





◆米国の信頼失墜  



世界銀行総裁を務めた経歴を持つジェームズ・ウォルフェルソン氏は「コントロールすることが難しいのは世界規模での協力関係が必要なため」と指摘。「財務相全員を集めなければならない。もし、取引が1カ所でうまくいかないのであれば、リヒテンシュタインであれ、フランスであれ、中東であれ、うまくはいかない」と語る。  





リーマンの破綻はまた、金融のリーダーとしての米国の課題を物語る。世界中が、オフィスや工場、リゾート、住宅建設向けに資本市場を当てにし、その資金調達をアレンジすることでウォール街(米金融街)は利益を得てきた。  香港の調査会社アジア・インベスターズ・パートナーズのマネジング・ディレクター、フィリップ・ユィン氏は失われたのは米金融機関に対する信頼だと指摘。「雇用喪失も景気低迷もすべてがある一つの出来事につながっている。それはリーマンだ」と語った。(Mark Pittman、Bob Ivry)



リーマンの悪夢】(3)「世界の資産破壊」 無視された極秘メモ
2009/9/16


その警告は十分に不気味だった。内容は「大規模で世界的な資産の破壊」これこそ、米証券会社リーマン・ブラザーズ・ホールディングスの幹部らが同社の米史上最悪の破(は)綻(たん)劇を前に予言した内容だった。 





ブルームバーグ・ニュースが入手した政府当局者向けに用意された極秘メモの一項目は「すべての金融機関に影響する」とあり、「リテール(小口)投資家も退職者資産も壊滅的な打撃を受ける」とある。 


しかし、このメッセージが浸透することはなかった。リーマン救済策を検討しようとポールソン米財務長官やニューヨーク連銀のガイトナー総裁(いずれも当時)が昨年9月13日の週末に集めたおよそ20人の大手金融機関幹部は、自行を救うのに精いっぱいで、より大きな脅威に目を向けなかった。 





同週末に身売りで合意したメリルリンチのセイン最高経営責任者(CEO、当時)はインタビューで「CEOらが協議した内容は、『いかにして、次の金融機関の破綻を防ぐか』だった」と回顧する。「リーマンが破綻した場合、さまざまな市場が直接受ける影響について、もっと話し合うべきだった」と述べた。 





ニューヨーク連銀に当時集まった幹部全員は、サブプライム住宅ローンの問題や債務担保証券(CDO)などの証券化商品によって、金融システムが崩壊の瀬戸際に追いやられたことは認識していた。しかし、彼らが見過ごした点によって、金融業界と世界経済はその後、ほとんど破壊されたも同然の姿となったのだ。 




◆経済の血液 

リーマンは昨年9月15日の月曜日に破綻した。これをきっかけに、給与支払いや光熱費を含む企業の運転資金を工面するコマーシャルペーパー(CP)をやりとりする3兆6000億ドル規模の短期金融市場が凍り付いた。



パニックで、一部企業は運転資金不足に陥ったほか、多くの人々の口座にも影響が出るありさまだった。 その週末をゴールドマン・サックスのブランクフェインCEOやJPモルガン・チェースのダイモンCEOら主要金融機関トップは、デリバティブ(金融派生商品)取引の解消や銀行間融資の継続に注力していたが、経済の血液とも言えるCP市場を無視した事実は高く付くミスとなった。



1週間以内に、米政府はマネーマーケット・ファンド(MMF)からの資金流出を食い止めるために介入し、1兆6000億ドル規模の業界支援につながった。大恐慌以来最悪の金融危機対策として約束した支援は総額で13兆2000億ドルに上る。 3月のベアー・スターンズ危機に始まり、ファニーメイ(連邦住宅抵当金庫)やフレディマック(連邦住宅貸付抵当公社)、そして米保険会社アメリカン・インターナショナル・グループ(AIG)の救済まで含めた2008年の大激震のなかでも、リーマン破綻による波及効果を把握できなかったことが、最も重大な結果をもたらした。

世界経済が破滅寸前に陥ったからだ。 



リーマンの破綻処理を担当する米法律事務所ウェイル・ゴットシャル・アンド・マンジェスのパートナー、ハービー・ミラー氏は米政府当局について、「金融システム全体を危険にさらしたが、そうする必要はなかった」と批判する。「彼らには、わたしも『ハルマゲドンがやって来る。結果がどうなるのかの認識が甘い』と警告していた」が、当局からは「対応はできている」との反応が返ってきたという。 ポールソン、その後継者であるガイトナー両氏とも、コメントを控えている。(ブルームバーグ Bob Ivry、Christine Harper)

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