2009年9月20日日曜日

聞きたい:リーマン破綻1年(毎日新聞)

聞きたい:リーマン破綻1年/上 ジョン・リプスキー氏
 




米証券大手、リーマン・ブラザーズの破綻(はたん)から1年。世界的な経済・金融危機を引き起こしたリーマン・ショックの原因は何だったのか。世界経済はひとまず最悪期を脱したが、危機は終わったのか。日米欧の識者に聞いた。
 




◇金融機関、一元的規制を--国際通貨基金(IMF)筆頭副専務理事、ジョン・リプスキー氏
 --経済危機はなぜ起きたのでしょうか。
 




◆経済危機の芽は長い時間をかけて醸成された。低いインフレ率の下での持続的な成長が投資家に過剰な自信を与え、リスクへの意識を低下させたのが大きい。住宅やエネルギー分野への行き過ぎた投資を生み、金融危機はこうした過剰投資が原因となって発生した。引き金になったのは国境を超えた複雑な証券化商品の取引だったが、根本にあるのはリスクへの鈍感さだ。
 




--リーマンの破綻がなければ、危機の拡大は防げたのではないでしょうか。
 ◆引き金はリーマンだけではない。AIGの危機やMMF元本割れの恐れのほうが震度としては大きかった。忘れてならないのは、当時の金融システム全体が非常にもろくなっていたということだ。そして、米政府も市場参加者もそこに気付かなかった。
 




--米政府は対応を誤ったのでしょうか。
 ◆1年前のブッシュ政権には目前の危機を防ぐ手立ては与えられていなかった。当時は誰一人として危機がここまで深刻化するとは思っていなかった。
 




--将来の危機を防ぐ手立てはあるのでしょうか。
 ◆ポイントは金融規制改革にある。まず、経営危機が金融システム全体に重大な影響を及ぼす恐れのある金融機関を一元的に規制・監督する必要がある。そのためにも世界各国が規制方法などで足並みをそろえることが重要だ。それに加えて有効な防止策として、各金融機関の社員や個人投資家を対象にした金融教育がある。
 




--富や負債の偏りに象徴される世界的な不均衡も危機の原因になったと言われています。
 




◆投資家を過剰投資に向かわせた大きな要因であったことには間違いない。この不均衡を是正する上で重要なことは、米国が財政規律を保ちつつ個人貯蓄を増やし、中国や日本のような黒字国が内需を拡大することだ。経済危機の中で今、米国の貯蓄率は上昇している。中国も内需拡大に向けて大きくかじを切った。この傾向が今後も続くことを期待する。
 




--世界経済は危機から完全に脱したと言えるのでしょうか。
 




◆脱しつつあるのは間違いない。景気の急激な落ち込みで、企業は在庫と投資、さらには雇用の抑制に動いた。通常の不況では、企業は雇用を重視し過ぎて効率的な経営の妨げになることが多いが、今回は違った。結果として企業の生産の回復は早まった。今後は政府支出が下支えしている需要をいかに民間需要にシフトさせるかが課題になるだろう。
 




--金融危機を経て、世界は大きく変わりましたか。
 




◆危機は世界経済を取り巻く二つの現実を明らかにした。一つは世界が互いに密接に結びついているということ。もう一つは、世界経済にとってアジアやその他の地域の新興国の役割が極めて重要になっているということだ。昨秋以降、G20(主要20カ国・地域)首脳会議はピッツバーグで3回目になるが、G8は1回しか開かれていない。どちらが重要かは明らかで、世界が変わったことを証明するものだ。【聞き手・ワシントン斉藤信宏】
==============
 ■人物略歴
 米スタンフォード大学で経済学博士号。JPモルガン投資銀行副会長などを経て、06年から現職。62歳。




聞きたい:リーマン破綻1年/中 植田和男氏
 ◇金融不安の恐れ、残る=東京大大学院経済学研究科教授・植田和男氏
 



--リーマン・ブラザーズを破綻(はたん)させた判断は正しかったのでしょうか。
 



◆影響の大きさを考えると、できれば救済すべきだった。破綻の半年前に米ベア・スターンズが経営危機に陥っており、同じ投資銀行のリーマンにも危機が及ぶのは確実だった。救済は(公的資金投入で)納税者の理解や政治的な合意を得るのが簡単ではなかっただろうが、米政府が準備不足だったのは疑いなく過ちだった。
 



--危機の原因をどう分析しますか。
 



◆1980年ごろから金融の自由化とグローバル化が進展した。金融技術の進歩もあり、金融機関は収益拡大に走って、リスクの高い投資に傾斜し、危機はたびたび起こっていた。さらに米国では戦後最大の住宅バブルが発生した。焦げつくリスクの大きい低所得者向け高金利住宅ローン(サブプライムローン)が急増し、住宅バブルがはじけて、大規模な危機に発展した。
 



--なぜ深刻な危機になったのですか。
 



◆皮肉なことに金融を取り巻く環境が安定していたことが災いした。石油危機直後の80年前後に強烈なインフレに見舞われ、各国の中央銀行はインフレ抑制の金融政策を運営し、これには成功した。その結果、経済が安定し、インフレにならないので強い金融引き締めもなくなり、バブルが発生しやすくなった。また、危機が起きても、早期に回復していたので、投資家のリスク感覚もマヒした。
 



--危機は防げなかったのでしょうか。
 



◆各国の中央銀行が悩んでいるテーマだ。バブルが起こりつつある段階で利上げする方法もあるが、その時点ではバブルかどうかがはっきりしないため、利上げは納得されにくい。日本は20年前に同じ問題に直面した。株価や地価は上昇していたが、それ以外のインフレは大したことはなかった。結局バブルがはじけて、(その後遺症の)デフレはいまだに終わっていない。しかし、(バブル当時は)そこまで見通して利上げするという判断は難しかっただろう。
 



--金融機関への規制強化も課題です。
 



◆「市場に任せておけばいい」という市場原理主義は完全な市場の存在が前提だが、現実は違った。市場の不完全さを筋の良い政策で直していかなければならず、一定の規制は必要。ただ、今回のように数十年に1度という危機に対し、普段から備えることを金融機関に求めると、リスクを過度に恐れて通常の投融資すらできなくなるとの指摘もある。
 



--世界経済の危機脱却の見通しは?
 



◆各国の財政出動の効果が続くのは長くても年内いっぱい。消費など民間需要にバトンタッチできるかが重要だが、その動きはまだ見えていない。金融システムは安定化しつつあるが、景気悪化で不良債権が増えており、金融不安が再燃する恐れも残っている。日米欧の中央銀行の金融緩和策は必要以上に長引くと資源価格の再上昇につながる懸念がある。ただ、景気や金融市場次第で、政策を平時に戻す「出口戦略」どころではなくなる。【聞き手・清水憲司】
==============
 ■人物略歴
 ◇うえだ・かずお
 東京大理学部卒。米マサチューセッツ工科大大学院で博士号取得。98~05年に日銀審議委員。05年から現職。58歳。





聞きたい:リーマン破綻1年/下 レン・シャクルトン氏
 ◇欧州、景気回復に格差--東ロンドン大学ビジネススクール学長、レン・シャクルトン氏
 

--昨秋の金融危機の原因はどこにあると考えますか。
 

◆金融商品開発の際に、数学的モデルばかりが注目され、複雑な商品の危険性は、作った当事者さえ十分に認識していなかった。責任ある金融機関の役員も分かっていない。

加えて、米英の金融当局は資産インフレを見逃してしまった。消費者物価指数(CPI)の抑制ばかり気にし、住宅など資産価格の上昇が実体経済に与えるインパクトを無視していた。米金融機関は、住宅価格の下落で、返済不能に陥る危険性の高い顧客に住宅ローンを提供していた。これは、クリントン政権時代にさかのぼる。
 

--規制については、どうですか。
 

◆どのような規制を導入するかは容易ではない。金融監督当局は旧式の武器で現代の戦争をしているようなものだ。監督当局は、民間の商品開発や市場の専門家の認識には、なかなか追いつけない。誰もが「世界は変わった」と感じても、歴史を振り返れば、結局、バブルの生成と崩壊を繰り返している。
 

--有効な再発防止策をどう考えますか。
 

◆まずは経営陣が現場に行き、実際に何をやっているのか、注意すべきだ。大学もさまざまなリスクの分析・研究を行っている。英国は、厳しい規制の導入も検討している。だが、一国だけ特別厳しくすれば、金融機関は他国に本社を移しかねない。どの国も他国より優位に立ちたい。このため、危機の後、欧州各国が打ち出した共同歩調の動きも弱まっている。そもそも国際的な共同歩調について、私は懐疑的なのだが。
 

--欧州では景気回復が遅れるとの指摘もあります。
 

◆仏独のプラス成長への回復など良い兆候がある。米欧金融当局が、金融機関への資本注入や利下げなど素早く対応したこともあり、1930年代のような大恐慌には陥らない。

ただバルト3国や東欧など欧州の新興国の経済はなお厳しい。
 共通通貨ユーロ圏内であっても国ごとに景気が異なるため、政策運営の難しさも鮮明になった。本来、景気が悪化すれば自国通貨が下落して、輸出が伸びる。だが、スペインやアイルランドはユーロに縛り付けられ、高い失業率と企業破綻(はたん)にあえいでいる。

逆に大国ドイツは、財政的なツケを回されることを警戒している。仮に再び危機が深刻化すれば、異様な緊張が生じかねない。
 

--今後の世界システムをどう見ますか?
 

◆市場主義を効率的に機能させようとする米英の流儀は、社会に重きを置くフランスやドイツにやや近づくかもしれない。ただ、根幹から変わるとは思わない。危機で、強欲が非難されているが、強欲は人間の本性の一部でもある。重要なのは時代にふさわしい適度な規制だ。

英国では、1840年代に民間銀行による紙幣発行を規制したおかげで、小切手が発達した。一方、金融革新は、資金調達を容易にし、新たなアイデアを生み、経済活動を活発にする。「規制」と「金融革新」は200年もの間、緊張関係にあったのだ。【聞き手・ロンドン藤好陽太郎】
==============
 ■人物略歴
 英ケンブリッジ大学卒。政府経済庁エコノミストなどを経て、ウェストミンスター大学ビジネススクール学長。08年2月から現職。61歳。

0 件のコメント:

コメントを投稿