2009年9月16日水曜日

危機は今:リーマン破綻1年(毎日新聞)

危機は今:リーマン破綻1年/上(その1) 強欲が復活、ウォール街(毎日)  





◇高額報酬、デリバティブ…「人間は忘れやすく、熱狂しやすい」  





◇規制導入の国際協議横目に   米ニューヨーク・ウォール街。ニューヨーク証券取引所の建物の前で観光客に交じり、携帯電話で頻繁に売買の指示を出すスーツ姿の男たちがいた。その中に08年9月の破綻(はたん)まで米証券大手リーマン・ブラザーズの債券取引の責任者だったローレンス・マクドナルドさん(43)の姿もあった。  





投資ファンドで株式の先物を扱う幹部に転職したマクドナルドさんは最近、リーマン破綻の内幕を描いた著書を出版。全米のベストセラーで10位以内に入る売れ行きで、リーマン・ショックから1年を経ても、未曽有の金融危機に直撃された米国民の関心は依然高い。  


マクドナルドさんは毎日新聞の取材に「ファルド元会長ら一握りの首脳がリスクも顧みずに大もうけを狙って、独断で無謀な投資をした」と批判。





米金融機関幹部は高額報酬を得ていたため、オバマ大統領は「グリード(強欲)資本主義の象徴」と糾弾した。 だが、今春以降に市場が落ち着きを取り戻し、ウォール街では「グリード」が息を吹き返しつつある。  





米ゴールドマン・サックスは09年4~6月期決算の報酬総額が66億ドル(約6000億円)。市場が持ち直し、最終(当期)利益が34億3500万ドルと四半期決算で過去最高を記録したためだ。約2万9400人の社員は3カ月で平均22万ドルを受け取る計算。昨秋投入された公的資金100億ドルは6月に返済したが、「税金を踏み台に高額報酬を復活させた」と批判を浴びた。  





マクドナルドさんは「米国に重要な起業家精神を生む健全なグリードもある」と指摘した。ただ「報酬は目先のもうけだけで払われるべきではないと危機で学んだはずだが」とつぶやいた。さらに「周囲では損失リスクが分かりにくい複雑なデリバティブ(金融派生商品)が再び増えてきた」と打ち明けた。  





リーマン・ショックは、デリバティブの一種で、米住宅ローンの返済を裏付けとした証券化商品の価格急落が主因。高利回りを目当てに米欧金融機関が大量に購入していたが、米住宅バブルが崩壊した。「似たような問題の芽が出ている恐れがある」とマクドナルドさんは警告した。  危機再発を防ぐため、各国当局は高額報酬の規制導入に向けた国際協議を進めているが、ウォール街の反応は鈍い。





「人間は忘れやすく、熱狂しやすい」。マクドナルドさんはマネーの再暴走もにおわせて、ウォール街の雑踏に消えた。      × × ×  リーマン破綻から15日で1年を迎える。金融危機は瞬く間に広がり、世界経済は恐慌の瀬戸際に追い込まれた。最悪期はようやく脱したが、景気の先行きはなお厳しく、危機再燃の火種がくすぶる。リーマン後の世界の今を現場から報告する。。11面に「ニュースナビ」







危機は今:リーマン破綻1年/上(その2止) 深い傷跡  <1面からつづく>  



◇急増する閉鎖店舗  





「もうけて、もうけて、ニコニコな人生を」。8月に東京都内で開かれた投資セミナーで講師の話に満席の約140人の主婦らが熱心にメモを取った。  講師は元手の100倍もの金額を運用する外国為替証拠金取引(FX)で8億円超を稼いだ主婦(62)。07年に脱税罪で懲役1年6月、執行猶予3年の判決を受けたが、最近全国で始めた講演はどこも盛況だ。  



FXは、超低金利の日本からドルなど外貨に運用先を求めた個人投資家が利用。日本発のマネーが米国に流れ込み、危機の引き金となる米住宅バブルの一翼を担った。FXでもうけた日本の主婦を総称し、海外は「ミセス・ワタナベ」と呼んだ。リーマン・ショック後に姿を消したが、再び表舞台に現れた。  



セミナーで講師は証拠金取引の手法を説明。参加した埼玉県上尾市の主婦(48)は「年金など将来が不安。高収益を狙う」と米株式などが投資対象の証拠金取引を始めることを決めた。マネーは再びウォール街へと向かい、「強欲」を後押ししようとしている。      





× × ×  今月24、25日に開く主要20カ国・地域の金融サミット(首脳会議)の舞台となる米ペンシルベニア州ピッツバーグ。衰退した「鉄鋼の街」がハイテク産業でよみがえり、オバマ米大統領が「世界経済の再生を話し合うのにふさわしい」と白羽の矢を立てた。だが、掛け声とは裏腹に危機の傷跡は深い。  



ピッツバーグ市街地から南に約10キロの巨大商業施設「センチュリー3モール」。売り場面積約12万平方メートルの威容を誇るが、内部は閑散としている。危機後に閉店が相次ぎ、ピーク時で120超が入居していた店舗が90にまで減ったからだ。  
百貨店など大型6店のうち2店は撤退し、閉め切られたガラス戸の内側は昼間でも暗い。残る4店も閉店のうわさが絶えない。客のマリア・ギブソンさん(59)は「特別な日の買い物はいつもここだった」と振り返る。ただ、「夕方になると若者のたまり場になり、雰囲気がどんどん悪くなる」とこぼす。  



危機で落ち込んだ消費はなかなか回復せず、小売業界を直撃。全米で急増する店舗閉鎖が商業用不動産の値崩れを招き、「新たな不良債権の温床」との懸念が高まる。





今年破綻(はたん)した米金融機関は地方を中心に92行に上り、大手も商業用不動産向け融資の焦げ付きが拡大している。「活気」が戻りつつあるウォール街だが、不気味な影が忍び寄っている。      





× × ×  日本にも傷跡は残る。静岡県熱海市のJR熱海駅から海辺に向かう坂道を200メートルほど下ると、道路沿いに幅約100メートルの広大な工事現場が広がる。地下3階分だけで中断され、放置されたクレーンがむなしくそびえる。  



相模灘を一望できる30階建てリゾートマンションは10年秋に完成する予定だった。だが、建設業者のジョイント・コーポレーション(本社・東京都)が5月に破綻した。  





危機前は日本でも不動産の「ミニバブル」が発生した。熱海ではリゾートマンションの建設ラッシュが昨年夏まで続いた。だが、乱立したマンションは空き室が目立ち、商店街はシャッターを閉めたままの店も多い。  
「マンションブームとか騒いでいたけれど、地元の頭越しにお金が流れていただけ。景気底打ちの実感はないね」。衣料品店を営む男性(62)はため息をついた。リーマン破綻から1年を経ても、「うたげの後」の始末は終わっていない。



危機は今:リーマン破綻1年/中 再燃の「火薬庫」  

◇欧州新興国に深手  



「悪夢のような出来事だった」。ラトビアのドムブロフスキス首相は、国内資本最大手のパレックス銀行の取り付け騒ぎを振り返る。  



米証券大手、リーマン・ブラザーズ破綻(はたん)から間もない昨年11月初旬。金融危機はラトビアに押し寄せ、同銀行に取り付けが発生。政府は即座に国有化を指示したが、誤算が発覚。「銀行を助けるだけの財政資金がないことが分かった」(中央銀行幹部)。直後に欧州連合(EU)や国際通貨基金(IMF)に駆け込み、緊急支援を仰がざるを得なくなった。  



政府の失策を契機に、為替レートをユーロに固定している通貨ラトの切り下げ観測が強まる。投機でラトを買い支える外貨準備高も減少。当時のゴドマニス首相は今年2月、リーマン危機後のEUで初めて退任を強いられた。ドムブロフスキス首相は「米国のリーマン処理は誤りだった。だが取り付け騒ぎの背景には、無責任に借りた我が国民や企業、貸した銀行にも罪がある」と悔しがる。  



「国家破綻のふちに立たされたアイスランドと似ている。他の国で心の平和を見たい。この国を去る日がくるかもしれない」。ラトビア最大の自動車ディーラーを経営するアンドリス・クルベルグス代表(30)は目は赤くした。

 昨秋以降、ラトビアの自動車販売の減少幅は一時、前年比8割を超え、クルベルグスさんも6店舗のうち4店の閉鎖を迫られた。「以前は1日100人の顧客が来たが、今は1カ月で100人程度」。かつて370人だった社員は130人に減らし、給料も3割削減した。売れない在庫は、欧州各国の輸入業者が格安で引き取り、損失はかさむ一方だ。     



× × ×  旧ソ連から独立したバルト3国の一つ、ラトビア。04年に加盟したEUとロシアの貿易の中継地として、07年まで年10%以上の経済成長を続けたが、09年の成長率はマイナス18%に落ち込む公算が大きい。国家破産の瀬戸際に追い込まれ、危機再燃の「火薬庫」の一つとされ、日米欧の金融当局が警戒を強めている。



 ラトビアと同様に経済基盤が脆弱(ぜいじゃく)でユーロ圏金融機関から多額の融資を受けているハンガリーやルーマニアなど中・東欧新興国も警戒の対象だ。ユーロ圏金融機関の中・東欧向け融資は総額1・4兆ドル(約127兆円)。オーストリアの銀行は国内総生産(GDP)の64%、ベルギーが39%、ドイツは6%を、中・東欧に貸し込む。  

IMFの4月時点の予測は、中・東欧向け融資も含んだユーロ圏金融機関で今後発生する恐れのある損失は7500億ドル(約68兆円)。米金融機関は今春、当局の特別検査で想定される追加損失をチェックされ、損失処理に必要な増資を求められたが、統一的な監督機関のない欧州は「金融機関の経営実態がまだ隠されている」(国際金融筋)との指摘が根強い。  ドイツ銀行協会のシュミッツ会長は8月、英紙のインタビューで「ドイツでもこれから不良債権が膨らみ、信用収縮に陥る危険がある」と楽観できない状況を認めた。  リーマンの破綻は、大西洋を越えて、ラトビアをどん底に突き落とした。1年が経過して、危機は落ち着いたように見えるが、火種はくすぶり、中・東欧発の危機が連鎖する不安は去っていない。 【関連記事】


危機は今:リーマン破綻1年/下 激変した世界経済
 ◇回復への出口遠く
 

「工場が無くなれば、家を手放すしかない」。カリフォルニア州フリーモントの透けるような青空の下に建つ米ゼネラル・モーターズ(GM)とトヨタ自動車の合弁工場「NUMMI(ヌーミー)」。リフトカーで部品を運ぶリコ・フローレスさん(38)は失業の不安にさいなまれる。

 自動車摩擦が深まった84年、「日米協調の象徴」としてGMとトヨタの2強が合弁で作ったNUMMI。しかし、昨秋のリーマン・ショック後の世界不況でGMは経営破綻(はたん)、トヨタも販売不振で4600億円(09年3月期)の巨額の営業赤字に陥る中、NUMMIはリストラ対象となり、来年3月末で生産を中止し清算される見通しだ。

 失業率が12%近い戦後最悪の水準に跳ね上がったカリフォルニアで「新たな仕事が簡単に見つかるとは思えない」とフローレスさん。14歳と11歳の2人の娘の教育費がかさむことを考えて「生活費が安い州に移り住むしかない」と覚悟する。

     × × ×

 「これまで深い友好関係を築いてきたのに、トヨタに横っ面を張られた思いだ。私が州知事だったら州政府はトヨタ車を買わない」。カリフォルニア州都サクラメントの州議事堂執務室で、ジョン・ギャラメンディ副知事は、やり場の無い怒りに肩を震わせた。

 破綻したGMが6月にNUMMIでの生産からの撤退を発表した以降も、トヨタが単独で操業を続けてくれると期待していた。シュワルツェネッガー知事はトヨタの豊田章男社長にNUMMI存続を訴える直筆の書簡まで送ったが、米消費バブル崩壊による新車需要消失で年産300万台以上の余剰生産能力を抱え、赤字が続くトヨタの経営は「いまだドン底状態」(豊田社長)。カリフォルニアの雇用まで守る余裕は無かった。

     × × ×

 NUMMI撤退という「苦渋の決断」(豊田社長)をしたトヨタや米連邦破産法の手続きから脱した新生GMなど大手自動車各社は足元、各国政府の販売奨励策に支えられ、生産や販売を回復させている。しかし、官製需要頼みがどこまで続けられるかは分からない。

 省エネ家電の販売復調で一息つく電機、中国など新興国需要で減産緩和を進める鉄鋼など他の業界も状況は同じ。日本の輸出産業のドル箱だった米国をはじめ先進国経済が持ち直したと言っても、「生産や販売の水準はせいぜいリーマン・ショック以前の7~8割に戻るかどうか」(トヨタ幹部)と回復力は乏しく、「政府の景気刺激のカンフル剤が切れれば、再び需要が落ち込む懸念は消えない」(大手電機幹部)。「経済全体ではまだ消費は脆弱(ぜいじゃく)で、住宅投資も弱い。自力回復軌道には乗っていない」(御手洗冨士夫・日本経団連会長)との慎重論が根強い。主力産業にかつての勢いが戻ったとは言えず、世界経済危機の出口は遠い。

 リーマン・ショックは、産業に深刻な打撃を与えただけでなく、痛手が癒えない日米欧各国から中国やインドなど新興国に世界経済の主導権が移るのを加速する契機にもなった。世界経済・金融の運営を議論する場も、G7(先進7カ国)から中国などを含めたG20(主要20カ国・地域)に変わろうとしている。世界不況で巨額赤字にたたき落とされた自動車各社が「変化しないと、生き残れない」(カルロス・ゴーン日産自動車社長)と新興国での販売拡大に血道をあげる姿は、世界経済の激変ぶりを象徴している。

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 この連載は坂井隆之、永井大介、寺田剛、ワシントン斉藤信宏、リガ(ラトビア)藤好陽太郎、ロサンゼルス吉富裕倫が担当しました。

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